シャンティレイズ 私が見ている世界

スピリチュアルな日々を綴ります

「草の響き」を見て東出さんの株が少し上がった話

 

東出さんと言えば「不倫」というイメージを持たれる方も多いと思うが、残念ながら本業の方でも某ガールズちゃんねるで「棒」というあだ名を付けられてしまうほど「大根役者」というイメージがある。

 

私ももれなく東出さんの演技で感動したことはなく松山ケンイチさん主演の「聖の青春」を見た時も、せっかく松ケンが体重増やしてまで挑んだ映画なのに、ライバル役がこの人かぁ・・・と正直感じてしまった。

東出さんは天才棋士羽生善治さんの役。羽生さんの対局中の癖を真似て、ひたすらボリボリ頭を掻いていた。いや、実際にはそれほど頭を掻いていなかったかもしれないが、それしか印象に残っていない。

せっかくいい映画だったのに。羽生さん役が別の人だったら…聖が命をかけて挑んだ最後の対局、どうなっていたんだろうと今でも残念に思う。

 

とは言え、なかなかいい映画なので興味がある方はぜひ見てみてほしい。私はHuluでも見ました。

この時松ケンは役づくりのために体重を20キロも増量して挑んだらしい。当時コロコロしてかわいかったから、妻の小雪さんにも好評だったらしいよ(笑)

松ケンは29歳にしてこの世を去った、天才棋士村山聖さんを演じている。

そして東出さんは聖のライバルで若い頃の羽生善治さん役。本当、この役はもっと憑依型の俳優さんに「突き抜けた者しか分からない・見えない世界」を深く演じてもらいたかった。

 

 

 

と、それまでは東出さんのイメージは「演技は大根だわ不倫はするわ・・・w」という最悪のイメージだったんですが、今回Huluで見た1本の映画でこれまでの東出さんの地に落ちたイメージが少し変わったんですよね。

 

こちらもHuluで見れます。

 

「草の響き」

東出さん。当時はあらゆる方面から非難を受けてそうとう苦しかっただろうし、キツかったのでは。あの経験があったからこそこの役を演じることができたのかなと思うし、あの経験がなければ、これまでのようにただ表面だけなぞったような薄っぺらい演技になっていたのでは。

基本「病んでる役」だが、普通に生きることの難しさ、人間の脆さみたいなものを繊細に演じていたように思う。

この映画はコメディやアクションと違って、何気ない夫婦の会話とか日常のシーンが多い。こういう映画で役者さんが大根だともう見てられない。その点、東出さんの演技は以前よりも自然になっていたし、人が静かに壊れていく様子を上手く演じたと思う。

それは彼がこれまで積んできた経験値があるからだろうし、今の彼だからこそ演じられたのかなと思う。先の見えない不安、絶望感・・・そういった負の感情をこれでもかと味わったからこそ、俳優として新しいステージへ到達したんじゃないだろうか。

その点でいうと、やっぱり「聖の青春」の時はなんかただ演じているだけって感じだったんですよね。

 

この映画、「最後は結局どうなったんだろう?」とハッキリしないと嫌な方はちょっとモヤッするかもしれないし、主人公は基本ずっと病んでるので心が弱っている方にはおススメはできませんが私は見て良かったです。

 

原作者は「そこのみにて光輝く」の佐藤泰志さん。自死により既に亡くなられている。

明るい気分になるとか、希望が湧いてくるとか、そういった映画ではないことだけは確か。

しかし、もがきながらでも、答えが見つからなくても、そこには紛れもない一瞬一瞬を生きる人間の姿があって、確かにそこに存在している「生命の輝き」がある。刺さる人には深く印象に残る映画だと思います。

 

昔から「芸の肥やし」とはよく言ったもので、どんな経験も芸術として昇華しちゃうのだから、芸能の世界って特殊というか本当に凄い。

普通に生きてたら考えられないような経験をしたからこそ出せるオーラというものがあったり、むしろこの役ができるだけの存在になるためにあの経験が必要だったんじゃないかと思わされたり。

そこまで思わされる俳優も映画もなかなかないけどね。